大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(ラ)603号 決定

抗告人

株式会社ちよだ商会

右代表者

高田亮一

右代理人

越山康

大崎厳男

五藤昭雄

石岡忠治

森明吉

更生会社日本モールド工業株式会社(旧商号株式会社山口鉄工所)に対する東京地方裁判所八王子支部昭和五三年(ミ)第一号会社更生事件につき、同裁判所が昭和五五年五月二日にした更生計画認可決定に対し、抗告人から適法な即時抗告の申立てがあつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。本件更生計画は認可しない。本件手続費用は更生会社の負担とする。」というのであり、その理由は別紙抗告状記載のとおりである。

判旨 二よつて検討するに、本件記録によれば、東京地方裁判所八王子支部は、昭和五三年六月三〇日株式会社山口鉄工所(その後商号を日本モールド工業株式会社と変更した。以下「更生会社」という。)について更生手続を開始し、その管財人に小玉聰明を選任したこと、同管財人は、昭和五四年一二月三一日付をもつて更生会社の更生計画案を作成し、これを右裁判所に提出したが、その後昭和五五年三月一四日付をもつて右更生計画案の修正案を作成してこれを同裁判所に提出したこと、右修正後の更生計画案につき、同年四月三〇日行われた更生計画案決議のための関係人集会において、更生担保権者の組及び優先的更生債権者の組においては法定の額を上回る議決権を有する者の同意が得られたが、更生債権者の組においてはその同意が得られなかつたこと、同裁判所は、同年五月二日右修正後の更生計画案につき、これと同じ内容の条項を定めることが更生債権者の権利保護に適合するとして、同計画案に変更を加えることなくこれを認可したことが認められる。

三抗告人は、まず、管財人による右更生計画案の修正は、更生担保権者との均衡上更生債権者に不利な修生であるから、この修正後の更生計画案をもつて更生債権者に対する権利保護として十分であるとした原決定は、公正、衡平を欠くものであると主張する。

そして、本件記録によれば、右修正前の更生計画案においては、更生担保権者は青梅信用金庫ほか七名であり、その債権元本の総額は八億四三八八万余円であるところ、その元本の二〇パーセント及び利息、損害金の全部の免除を受けたうえその残額を昭和五六年一二月から昭和六三年一二月までの間に割賦弁済するものとされているが、修正後の更生計画案においては、更生担保権者及びその債権額に変りはないが、元本についての免除は受けないものとし、利息、損害金の全部のみの免除を受けて元本の全額を昭和六一年一二月から昭和六八年一二月までの間に割賦弁済するものとされていること、他方更生債権については、その元本の総額は、修正前の案においては抗告人の債権四億八一八八万余円を含む一〇億八三二三万余円とされ、修正後の案においてはそれが一一億三四七八万余円とされているが、その弁済の方法については、修正の前後とも利息、損害金の全部のほか元本につき債権額により五〇ないし八〇パーセントの免除を受け、残額を昭和五五年一二月から昭和六四年一二月までの間に割賦弁済するものとされていることが明らかである。

右によれば、更生担保権については、修正後は、元本の免除は受けないものとされているが、その反面弁済の時期は修正前の案によるよりも開始時及び終了時ともに五年の繰下げをするものとされているから、更生担保権者にとつて右修正後の更生計画案が修正前の案よりも有利であるとは一概にいうことができず、したがつてこの修正との権衡上更生債権についても当然に何らかの修正をすべきものとは直ちにいうことができないのみならず、更生債権については免除の範囲及び残額に対する弁済の方法に変更がないから、更生債権者は、右修正により不利益を受けるものとはいえない。

そして、本件記録(特に更生計画案中の更生会社の昭和五四年一〇月三一日現在の貸借対照表)によつて明らかな更生会社の資産負債の状態からすると、本件の場合において裁判所が会社更生法第二三四条第一項第二号又は第三号により更生債権者のために権利保護の条項を定めることが、前記更生計画案に定めるところにより、更生債権者にとつて有利なものと認めることは困難であり、他にこの認定判断を左右すべき的確な資料はない。

してみると、本件においては、会社更生法第二三四条第一項第二号又は第三号による権利保護の条項を定めるよりも、更生計画案による方が更生債権者にとつて有利であるといわざるを得ないが、このような場合には、更生債権者につき更生計画案自体において同条第一項第四号にいうところの前各号に準じた公正、衡平な権利者の保護が図られているものと解するのが相当である。

以上のとおりであるから、前記更生計画案の修正は必ずしも更生債権者に不利なものではないのみならず、原決定においては右第四号による権利者の保護が図られているものというべきであるから、抗告人の右主張は理由がない。

(二) 抗告人は、次に、本件更生計画案における更生担保権の総額は貸借対照表上の有形固定資産の額を上回るから、右更生計画案は、一般更生債権の弁済に充てるべき財源を更生担保権の弁済に充てるものであつて更生担保権者を不当に優遇するものであると主張する。

そして、前示昭和五四年一〇月三一日現在における貸借対照表によれば、更生会社の有形固定資産の総額は七億五六六四万余円であるから、右更生計画案における更生担保権の元本の総額八億四三八八万余円は、これを八〇〇〇万円以上上回るものであることが明らかである。しかし、本件記録中の九段経済研究所作成の鑑定評価四通によれば、更生会社所有の主要な不動産の昭和五三年六月三〇日現在における評価額の合計は、九億九〇五二万余円であることが認められ、この価額は、帳簿価額である右貸借対照表上の土地及び建物の価額の合計額六億四九四七万余円を三億四〇〇〇万円余り上回るものであり、しかもこの評価額を不相当とする事情は見出し難いから更生会社の有形固定資産の取引価額の総額はもちろん、不動産のみの価額においても、右更生担保権の元本の総額を優に上回るものということができる。もつとも、本件記録によれば、右各更生担保権は、複数の不動産を共同担保としているものが多いうえに、その相互の順位は各不動産により必ずしも同じではなく、その優先劣後関係は錯綜しているから、右のように固定資産の額において更生担保権の額を上回るからといつて直ちに個々の更生担保権につきいずれも十分な裏付けがあるものとはにわかに断定し難いきらいがないではないが、右のように不動産の取引価額の総額が帳簿価額を三億円以上上回ることに、右更生計画案においては更生担保権についても利息、損害金の全部の免除を受けるものとされていることを併せ考慮すれば、前記更生計画案をもつて更生担保権者を不当に優遇するものということはできないから、この点に関する抗告人の右主張も理由がない。

(三) 抗告人は、更に本件更生計画案中の月次損益表は、月間報告書の内容と符合しない不正確なものであるから、これを基礎とした更生計画案は、その遂行可能性に疑問があると主張する。

しかし、更生計画案の遂行可能性の有無は、計画案作成までの収益の状況のみならず、更生会社の事業の内容、将来性その他諸般の事情に基づいて判断されるべきものであるうえに、管財人の当裁判所に対する昭和五六年九月一六日付上申書添付の表によれば、昭和五四年一一月以降更生会社の業績は順調に推移しているものと認められるから、仮りに本件更生計画案中の月次損益表が抗告人主張のとおりであるとしても、そのことの故に直ちに右更生計画案の遂行可能性に疑問があるものということはできず、他に右計画案の遂行可能性を否定すべき特段の資料はないから、抗告人の右主張もまた理由がない。

そして、本件記録を精査しても他に原決定を取り消すべき違法を見い出すことができない。

そうすると本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(川上泉 奥村長生 橘勝治)

〔抗告の理由〕

東京地方裁判所八王子支部民事第二部が昭和五五年五月二日に認可した更生会社株式会社山口鉄工所(ただし、現在は日本モールド工業株式会社と商号を変更している。)の更生計画(以下本件更生計画という。)は、次のとおり公正・衡平を欠いており、且つその遂行可能性についても疑問があるので、不認可の決定をなすべきである。

(一) 本件更生計画は提出後に大巾な修正を加えられているが、その主要な点は、当初更生担保権について、元本債権の二〇%の免除を受けるとしていた(更生計画案七頁)ものを、元本債権については免除を受けず全額弁済すると修正した(更生計画案の修正案一頁)ことであり、その際一般更生債権については何ら修正がなされなかつた。

ところで、更生計画案の六頁によると、管財人は当初の計画案について「公平を期するため、更生担保権者の元本の一部免除をうけることにした」と述べており、更生担保権の元本債権について二〇%の免除を受けなければ、一般更生債権の元本債権の免除率(平均約79.2%)と衡平を保つことができないと管財人が考えていたことは明らかである。

ところが、いざ管財人が更生担保権の元本債権につき二〇%の免除を受けるという計画案を提出したところ、更生担保権者の反対が多く、可決の見込みが立たなかつたため、急拠右のとおり更生担保権の元本債権は全額弁済することに修正したものと考えられるが、前記のとおり更生担保権については元本債権の二〇%免除、一般更生債権については元本債権の平均約79.2%免除というところで衡平を保つていたのであるから、更生担保権の免除率を減少させるなら、当然弁済期間を延長してでも一般更生債権の免除率も減少させなければ、両債権の間の衡平を保つことはできないといわなければならない。しかるに、管財人は更生担保権についてのみ免除率を減少させながら、一般更生債権についてはその免除率を減少させる修正を行わなかつたものであり、両債権の取扱いについて明らかに公正・衡平を欠いており、しかも関係人集会に於て一般更生債権者から可決に必要な同意を得られなかつたにもかかわらず、右のような公正・衡平を欠いている修正案をもつ会社更生法第二三四条一項に定める権利保護条項として充分であるとして認可された本件更生計画は、明らかに公正、衡平を欠いているというべきである。

(二) 次に、本件更生計画によれば弁済すべき更生担保権の額は金八億四、三八八万一、八七三円であるが(更生計画案の修正案八頁)一方これに対する担保物件の評価額は、有形固定資産の全部が担保物件であるとしても、本件更生計画中の貸借対照表(更生計画案一四頁)によればその額は金七億五、六六四万五、一〇〇円しかなく、差額の八、七二三万六、七七三円については担保物件の評価額を超えて更生担保権を弁済しようとしている。しかし、更生担保権は担保物件の評価額を超えて認めることはできないものであり、評価額を超える部分はいわゆる担保切れとして一般更生債権となるべきものであり、前記差額は一般更生債権の弁済に充当すべきものである。従つて、本件更生計画は本来一般更生債権の弁済に充当すべき財源を不当にも更生担保権の弁済に充当しているもので、一般更生債権者を無視して更生担保権者を優遇しているものといわねばならず、本件更生計画はこの点に於ても公正、衡平を欠いている。

(三) 更に、本件更生計画中の昭和五三年七月一日から同五四年一〇月三一日までの間の月次損益表(更生計画案四頁)によれば右期間中の経常利益は二、〇四六万九千円となつているが、更生会社が毎月東京地方裁判所八王子支部民事第二部へ提出していた月間報告書中の経常利益を累計すると、右期間中の経常利益は約六、二八二万円の欠損であつた。更生計画提出時までの損益の状況は、更生計画の遂行可能性を判断する上で最も重要な基礎資料であるが、本件更生計画の基礎となつている損益状況は、右のとおり、月間報告を累計した損益状況と対比してみると明らかなとおり、全く信用できないものであり、この損益状況を基礎にして本件更生計画の遂行可能性を判断することはできないといわねばならず、従つて、本件更生計画はその遂行可能性に疑問がある。

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